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【ボートレース】服部幸男のプロフィールや成績やレーススタイルまとめ

競艇

【ボートレース】実力主義者の競艇選手「服部幸男」さんの魅力がすごい!アイドルレーサーとして人気を誇る、服部幸男選手のプロフィールや特徴や成績やレーススタイルを記事にしてまとめていますのでご参照ください。

服部幸男(はっとり ゆきお)とは?

服部幸男(はっとり ゆきお)さんは、静岡支部に所属する2020年現在でA1級選手です。

地元の静岡では大人気の選手で、年配の方から若い人までのファンが多く、安心のあるレース運びができるボートレーサーです。

1992年に全日本選手権競走でスペシャルグレード(SG)と呼ばれる競艇の格付けにおける最上級のレースに参加し見事優勝を飾っています。

SGで優勝した当時の年齢が、21歳9ヵ月で、ボートレース史上最年少だったことがあり、とても高い注目を集めました。

また、その記録は、現在でもSG史上最年少優勝記録となっており、未だに破られていません。

数多くのボートレーサーがいる中で、現在もこの記録が破られてないのは、凄い事だと思います。

「まくり差し」と呼ばれる戦法を編み出したことでも有名で、新人ながら圧倒的な強さを見せつけ幾度となく勝利を重ねてきました。

新世代のエースとして、ボートレース界に与えた衝撃は大きく、現在の若手の主流であるスピードターンの全盛期の歴史を作った人でもあります。

1990年代には、女性人気ナンバーワンに君臨し、ボートレース界の「アイドル・レーサー」としても人気を誇りました。

現在も、たくさんの女性ファンの声援を受け、大人気のボートレーサーとして活躍しています。

BOATRACEオフィシャルサイトのインタビューでは、ボートレーサーとしての目標を「頂点(トップレーサー)を継続することですね。」と答えています。

レース前のインタビューでは、毎回「ベストを尽くします」と発言していますが、ボートレーサーは「そのときそのときのベストを尽くすべき」という強い信念からきているものです。

簡易プロフィール

引用元:https://www.boatrace.jp/owpc/pc/data/racersearch/profile?toban=3422

服部幸男(はっとり ゆきお)さんは、1971年(昭和46年)1月5日に静岡県浜松市常光町に生まれました。

身長167㎝、体重54キロ、血液型B型、2020年3月現在は49歳です。

所属は静岡支部、競艇選手としての登録番号は3422です。

ボートレーサーになったきっかけ

父であり競艇選手として先輩である服部正彦(はっとりまさひこ)選手の影響から、幼いころからボートレーサーに憧れて、競艇選手を目指していました。

中学卒業後、静岡県立浜名高等学校に進学するも中退し、1988年4月に競艇選手養成所である本巣養成所に入所し、ボートレーサーを目指す事になりました。

経歴

1988年4月に競艇選手養成所に入所してボートレーサーを目指しています。

【落水王】と呼ばれながらも卒業時、模擬レースの勝率は7.49と同期生の中でもトップの成績を取っていました。

競艇選手養成所を卒業後、1989年5月13日にデビューします。

しかしその後、過去に暴走族に所属し暴走行為を行っていたことが発覚し、6ヶ月間の出場停止処分を受けてしまいます。

この件で、反省して暴走族とは訣別し、出場停止解除後は成績が急上昇しています。

1992年10月12日にボートレース平和島で行われたSG全日本選手権競走にて当時21歳でSG初優勝します。

1984年に今村豊選手が達成した最年少記録を抜いて、現在のSG史上最年少優勝記録となっています。

1995年にボートレース浜名湖で行なわれた東海地区選手権競走では、親子で優勝戦に出場し注目を集めました。

1997年12月23日に、ボートレース住之江で開催された賞金王決定戦競走で優勝し、後に、植木通彦選手に年間最高賞金記録を抜かれるまでその記録を保持していました。

2006年5月に4年間交際していた一般女性と結婚式を挙げ、同年10月には父親となります。

2007年に、ボートレース平和島で開催された総理大臣杯競走では、ボートレース浜名湖の正月一般競走にてフライングをしてしまったため出場ができなくなってしまいました。

2007年の9月11日に、ボートレース桐生で開催された開設51周年記念 赤城雷神杯競走の準優勝戦にて、まさかのフライングでスタート事故を起こしてしまい、2007年11月1日から12月6日までフライング休みとなりました。

その翌7日から翌2008年3月6日までの、GⅠ競走選出除外が決定してしまったため、東海地区選手権競走の2連覇が無くなってしまいます。

2016年の2月22日に、服部幸男さんは通算100人目となる2,000勝を達成しています。

2017年には、日本全国にある全24競艇場制覇を達成しました。

特徴

服部幸男さんは、新人時代には内側の艇を先に旋回させ、その懐を遅れて旋回する「差し」という戦法が主流という中で、自ら攻めて内側艇をまくり、さらに内側艇との空いたスペースに飛び込む「まくり差し(全速差し)」という戦法を生み出したボートレーサーとして認知されています。

この、圧倒的な強さを持つ戦法を駆使することによって、新人でありながらも数多くの勝負での勝利を重ねてきました。

さらに、自ら「水の上では先輩も後輩もない」と発して実力主義の世界であることをアピールし、年功序列であった当時のボートレース界に一石を投じる選手となりました。

現在の若手の主流【スピードターン】の全盛期を切り開いた先駆者一人です。

後に「水の上では先輩も後輩もない!」と発言した内容は、CM撮影用に用意されたセリフであった事が判明しています。

現在の服部幸男さんの特徴としては、当時とは異なり基本的にはインコースからの逃げを主流として勝負していることが挙げられます。

そのため、近年では6コースからの進入というのは、ほとんど見られないです。

実際、コース別進入率を見てみると1コース進入が25.9%であるのに対して、6コース進入は2.2%と非常に低いのです。

平均スタートタイミングは0.16で、SGクラスの競艇選手の中では平均的なスタートタイミングとなっています。

優勝歴

【SGの優勝歴】

  • 1992年10月12日:第39回全日本選手権競走(平和島競艇場)
  • 1995年3月21日:第30回総理大臣杯競走(平和島競艇場)
  • 1995年5月29日:第22回笹川賞(浜名湖競艇場)
  • 1997年12月23日:第12回賞金王決定戦競走 – 決定戦(住之江競艇場)

【GⅠの優勝歴】

  • 1993年:第41回競艇キングカップ 周年記念競走(児島競艇場)
  • 1994年:第41回浜名湖賞 周年記念競走(浜名湖競艇場)
  • 1995年:第40回東海地区選手権競走(浜名湖競艇場)
  • 1997年1月19日:第43回浜名湖賞 周年記念競走(浜名湖競艇場)
  • 1997年2月3日:第11回新鋭王座決定戦競走(尼崎競艇場)
  • 1997年7月10日:第44回浜名湖賞 開設44周年記念競走(浜名湖競艇場)
  • 1997年9月30日:開設43周年記念競走(下関競艇場)
  • 1997年11月6日:第43回宮島チャンピオンカップ(宮島競艇場)
  • 2001年2月12日:第46回東海地区選手権競走(津競艇場)
  • 2001年4月24日:G1モーターボート大賞競走(下関競艇場)
  • 2004年2月11日:第49回東海地区選手権競走(蒲郡競艇場)
  • 2005年10月9日:海の王者決定戦 開設53周年記念競走(浜名湖競艇場)
  • 2006年12月5日:第53回浜名湖賞 開設53周年記念(浜名湖競艇場)
  • 2007年1月18日:全日本王者決定戦(唐津競艇場)
  • 2007年2月7日:第52回東海地区選手権(浜名湖競艇場)
  • 2008年4月14日:戸田グランプリ開設52周年記念(戸田競艇場)
  • 2009年3月31日:ダイヤモンドカップ(蒲郡競艇場)
  • 2009年10月21日:開設57周年記念 海の王者決定戦(大村競艇場)
  • 2016年12月8日:児島キングカップ 開設64周年記念競走(児島競艇場)

【GⅡの優勝歴】

  • 2009年4月26日:第13回 競艇祭~競艇マクール賞~(大村競艇場)
  • 2013年3月31日:G2モーターボート大賞(蒲郡競艇場)

まとめ

服部幸男さんは、ボートレース界を代表するA1級のトップレーサーに位置づけられているので、常に人気は高く、ファンを魅了し続けています。

2004年に起こったレース中の事故で右肩に大きなケガを負ってしまい、復帰後も後遺症が残ってしまいました。

そういった中、自分自身を見つめ直し「常に絶好の環境で戦えるとは限らない。しかし、どんな状況の中でも、自分は常にベストを尽くす」という信念に辿り着き、復活を遂げています。

強い精神の持つ服部幸男さんには、今後も常に戦う姿勢で、ボートレース界で活躍していってほしいですね。

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