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【ボートレース】毒島誠(ぶすじままこと)のプロフィールや競艇の成績まとめ

競艇

ボートレースの競艇選手についての記事です。ボートレーサー毒島誠(ぶすじままこと)のプロフィールや実力や成績をまとめています。新競艇御三家の桐生順平、茅原悠紀と共にニュージェネレーション軍団とも呼ばれる毒島誠の強さの秘訣とは?ご参照ください。

ボートレーサー毒島誠とは?

全国でもトップクラスのターン(旋回)スピードを駆使し、全速ツケマイでボートレースファンを魅了する毒島誠(ぶすじままこと)さんは、スーパーピット離れによるインコース奪取が持ち味の競艇選手です。

既にSG4勝を挙げており、今後更に活躍が期待されるこの選手とはどのような人物なのでしょうか?

簡易プロフィール

毒島誠さんは、1984年(昭和59年)1月17日生まれ、群馬県桐生市出身、群馬支部所属のボートレーサーです。

身長163㎝、体重52キロで、血液型はB型、2020年現在は36歳で、第92期として登録、競艇選手としての登録番号は4238です。

奥さんに元ボートレーサーの池田幸美さんがいて、師匠は江口晃生選手です。

ボートレーサーになったきっかけは?

若いときはサッカーをしており、市選抜に選ばれ優秀賞を獲得するなど、運動神経は優れていた方だったみたいです。

そんな折、ボートレース桐生に見学に行った時に、自分もボートに乗ってレースをして勝ちたいと思ったことと、そして小さい身体が有利のスポーツだからとの事で競艇選手を目指すことになったそうです。

目標

常に一流、一級で勝ち続けられる選手、賞金王になること。

これが毒島誠さんのボートレーサーとしての目標となります。

趣味や特技、好きな食べ物

趣味は、釣り、旅行、ツーリング、山登りです。

好きな食べ物は、お魚だそうです。

休日の過ごし方は、ジムに行ったり、ペラゲージを作ったり、家族との団らん、ショッピングや釣りなどとインタビューで答えています。

奥さんが元ボートレーサー

毒島誠さんは、元ボートレーサーの池田幸美さんと結婚しています。

具体的にいつ頃結婚されたのかというのは定かではないですが、池田美幸さんが引退したのが2009年なので、この前後ではないかと推定されます。

池田美幸さんは、優勝経験こそありませんが、1998年にデビューし、引退した2009年までの間で、通算勝利回数が150勝と活躍したボートレーサーでした。

キャッチフレーズ

2013年の賞金王決定戦では【ポイズンキラー】のキャッチフレーズを貰い出場を果たしています。

由来は毒島という苗字から来ているとは思いますが、直訳すると「毒を殺す」という事で自分自身をキラーしてしまうという少し変わったキャッチフレーズですよね。

ニュージェネレーション軍団と言われている

90期以降のやまと世代で且つ、G2以上のタイトル保持者達の総称を「NGT(ニュージェネレーション)軍団」と呼んでおり、毒島誠さんもこのメンバーの一員となっています。

銀河系軍団に対抗する一大勢力として、今なおその活躍が続いており、その名の通り新たなる艇界を作る次世代グループと言えます。

ちなみに第三勢力として、2015年には西山貴浩選手が率いる「くせ者軍団」というのも結成されていて、所属メンバーに山口、池永選手などがいます。

かくいう西山も97期で、2018年4月15日にはG2モーターボート大賞〜昭和VS平成〜で優勝をしている事から、彼もまたある意味ニュージェネレーション軍団と言われてもおかしくはないでしょうね。

レーススタイル

毒島誠さんのレーススタイルは、スーパーピット離れによるインコース奪取、そして豪快でハイスピードな全速旋回(ターン)が非常に魅力的で、決まり手の中でも最もハイレベルとも言われる『ツケマイ』をすることで名高いボートレーサーです。

コースを問わず1着を狙っていける実力があり、平均スタートタイミングは0.15~0.18とそこまで早い方ではありませんが、1周1マークを抜けた後の道中で順位を上げることができる腕前を持っています。

その為、連対率が非常に高くかなりの高確率で3着以内に入ってきます。

成績

現在のボートレース界のエースポジションとして活躍している毒島誠さんは、やまと競艇学校時代にはリーグ戦勝率5.83(準優出2 優出1 優勝1)の成績を残し、見事にプロデビューとなりました。

デビュー戦

2003年5月9日に、地元であるボートレース桐生でプロデビューとなりました。

初日2R目で、6号艇出場をし、3着という成績をおさめています。

初勝利

初勝利は25走目です。

2003年7月20日からボートレース多摩川で開催された一般競走の初日1Rにて初勝利を飾ります。

6号艇からで決まり手はまくりでした。

初勝利をあげるまでにかなりの時間を要するレーサーも多い中、25走目での初勝利はかなり早い段階での勝利となります。

初優出

早々に初勝利を決めた毒島誠さんでしたが、やはり優勝戦に進出するに至るまでに2年程かかりました。

2005年2月2日からボートレース多摩川で開催された第10回ダブル優勝TVKカップにて初めての優勝戦出場を果たします。

1号艇出場で3着という成績を残しました。

初優勝

2006年9月22日からボートレース鳴門で開催された第18回鳴門市長杯競走にて初優勝を遂げます。

4号艇出場で、決まり手は華麗なまくり差しでした。

2007年

2006年に自身初の優勝を決め、その勢いを強めてのA1級へ踊りでた毒島誠さんは、2007年は更なる活躍を魅せつけてくれます。

2007年1月13日から、ボートレース多摩川で開催された優木まおみ杯では優勝含む6勝を上げると、1月23日からボートレース大村で開催されたG1共同通信社杯第21回新鋭王座決定戦にて初めてのG1レース出場、更に最終日の1月28日には、3R、10Rで勝利を収め、G1初出場と共に初勝利を挙げるという快挙を達成しました。

2007年は6度の優出、3度の優勝で、1着は全部で93回、1着率は31.7%でした。

2008年

着々と成績を積み上げて行く毒島誠さんは、2008年1月22日からボートレース丸亀で開催となったG1共同通信社杯第22回新鋭王座決定戦競走にて初優出を果たします。

初優出での成績は、3号艇出場で4着という結果でした。

2008年も順調に、9度の優出、3度の優勝で1着数は56回となっております。

2010年

2010年1月19日から、地元のボートレース桐生で開催されたG1共同通信社杯第24回新鋭王座決定戦にて記念優出3回目でついにG1初優勝をその手にします。

既に新エースとしての期待が高まっていた毒島誠さんを、ボートレースファンが黙っているはずもなく、当然の流れとも言えるこの年の笹川賞で初めてのSG出場を果たします。

初出場初勝利とはなりませんでしたが、2着を取るなどその存在感を艇界ならび競艇ファンにしっかりと見せつけた結果となりました。

そして、迎えた2010年7月14日からボートレース丸亀で開催されたSG第15回オーシャンカップ競走にて念願のSG初勝利を手にします。

しかも、この節で4度も1着を取り、毒島誠さんの強さが本物であると確信された瞬間でもありました。

2010年は8度の優出、4度の優勝、1着数は64回という結果を残しています。

まとめ

SGで何度も優勝を飾り、若手筆頭の実力者である毒島誠さん。

今後の競艇界はしばらくの間は彼を中心に回っていくのではないでしょうか。

今後も毒島誠さんからは目が離せませんね。

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