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【ボートレース】競艇のレコードタイムホルダー「原田幸哉」のプロフィールや成績まとめ

競艇

ボートレースにおける数々のコースレコードを樹立した競艇選手の原田幸哉さんのレーススタイルや成績、さらにはプロフィールなどの詳細を記事にしてまとめています。ぜひご参照ください。

原田幸哉(はらだゆきや)とは?

競艇選手になる前は海上自衛隊員だったということで、異色のボートレーサーとも言える原田幸哉さんは優勝回数78回という素晴らしい成績を残し、現役トップクラスのレコードタイムホルダーという実力者です。

競艇選手の原田幸哉さんとは、一体どのような人物なのでしょうか?

簡易プロフィール

原田幸哉(はらだゆきや)さんは、1975年10月24日生まれで愛知県出身のボートレーサーです。

身長は172㎝、体重は53キロ、血液型はB型、所属支部は長崎支部で、2020年現在44歳です。第76期として登録、登録番号は3779、現在の級別はA2級です。

弟子には柳沢一、横家翔一、後藤陽介選手らがいます。

身長160㎝台が多い競艇選手の中では、高身長の方ですね。

ボートレーサーになったきっかけ

原田幸哉さんは父親に中学1年生の時に蒲郡競艇場に連れて行かれたことで、競艇選手になりたいと思ったと話していますが、1994年3月(当時18歳)に本栖研修所に入るまでは海上自衛隊員をしていました。

勤務先は広島県の呉市で、潜水艦の乗組員だったといい、休日はもっぱらボートレース場に足を運んでいたらしく、ボートレーサーになりたいという気持ちが抑えきれなくなってしまったと言います。

「原田ンプ」の愛称を持つ

原田幸哉さんは、ダイナミックな走りが印象的なボートレーサーで、繰り出すダンプは持ち味の一つです。

原田ンプ」の異名が付く事になった由来と言えるのが、2007年笹川賞競走優勝戦での松井繁選手に対して行われたダンプで、偶然なのか故意なのか、真偽のほどはわかりかねますが、転覆しそうな程の勢いだったこと、また、これにより松井繁選手の笹川賞3度目の優勝は結果的に阻止されたことで、原田幸哉さんのダンプは一躍注目を浴びたのでした。

レーススタイル

現役最多のレコードタイムホルダーの競艇選手というだけあり、原田幸哉さんの速さはまさに本物です。

コースレコードを叩き出すことが出来たその理由とは?

ターンスピードは艇界屈指

原田幸哉さんは、抜群のスタート力とダイナミックなフォームから繰り出す迫力満点のモンキーターンが魅力の選手で、確かなハンドルテクニックと勝利への執念が凄まじい方です。

競艇選手としては172㎝と長身である事から、彼の見せるモンキーターンは特にスピード感に溢れています。

ペラとエンジン調整

どのレーサーにも言えることではありますが、原田幸哉さんはは特に特訓後の整備では誰よりも長時間をかけて点検、ペラ調整に時間を費やし、原形をとどめないほどに大幅に叩きかえることがあるほどです。

原田といえばダンプ

元自衛隊員ということで気性が荒いのでしょうか…一概に言えるわけではないですが、とにかく激しい突っ込みで水上の格闘技を思わせる動き(ダンプ)には賛否両論の声があがります。

しかし良くも悪くもこれこそが原田幸哉さんのボートレーサーとしての真髄とも言える部分かも知れません。

成績

原田幸哉さんは1994年3月に76期訓練生として競艇選手の養成所である本栖研修所に入所し、翌1995年リーグ戦勝率6.64優出2回優勝0回の成績で卒業しました。

そんな原田幸哉さんのプロデビューからの成績を見ていきましょう。

デビュー戦

卒業から2ヶ月後の1995年6月、ボートレース蒲郡でデビュー戦を飾り、初出走初勝利を収めますが、節の最後でフライングを喫してしまいます。

初優出

デビュー戦から勝利を飾り勢いに乗った原田幸哉さんは、1995年7月にはボートレース児島の一般戦で初めての優出を決めます。優勝戦は5着でした。

初優勝

原田幸哉さんは1996年の10月にボートレース三国で開催された一般戦で初めての優勝を手にします。

デビューから1年4カ月での優勝は素晴らしい成績ですね。

1997年度の最優秀新人賞

原田幸哉さんは1997年度に優勝5回という素晴らしい成績を収め、最優秀新人賞に選ばれます。

G1初優勝

原田幸哉さんは、1998年、1999年で5度の優勝を経験し、A1級のトップレーサーとして活躍を続けて、2000年1月25日からボートレースびわこで開催された第14回新鋭王座決定戦競走で初のG1優勝を飾ります。

優勝戦は3号艇出場、決まり手は恵まれでした。

2002年の驚異的な強さ

G1優勝後はタイトルを取れず、一般戦の優勝などに甘んじていましたが、2002年に凄まじい記録を連発します。

初完全優勝

競艇のトップレーサーでも中々成し遂げることのできない完全優勝を2002年の1月にボートレース常滑で達成します。

圧倒的な強さでの6連勝でした。

SG初優勝

2002年10月30日からボートレース平和島で開催されたSG第49回全日本選手権競走にてSGの初優勝をものにします。

優勝戦は1号艇出場、決まり手は逃げでした。

2度目のG1優勝

2002年11月12日からボートレース児島で開催された競艇キングカップ開設50周年記念競走で2度目のG1優勝を手にします。

優勝戦は1号艇出場、決まり手は逃げでした。

3度目のG1優勝

2002年12月7日からボートレース大村で開催されたG1モーターボート大賞競走でG1優勝3度目を記録します。

優勝戦は1号艇出場、決まり手は逃げでした。

2004年には4度目のG1優勝と2度目のSG優勝

2004年4月3日からボートレース宮島で開催されたG1宮島チャンピオンカップ開設50周年記念競走にて4度目のG1優勝を飾ります。

優勝戦は1号艇出場、決まり手は逃げでした。

その後、2004年6月22日からボートレース浜名湖で開催された第14回グランドチャンピオン決定戦にて自身2度目となるSG優勝を飾ります。

このレースは同期のサカナヤさんこと、魚谷智之選手が痛恨のフライングを喫したレースとしても有名な節です。

前人未到の19連勝

2006年8月31日からボートレース常滑で開催された一般・青梅特別では破竹の9連勝で再び完全優勝を果たします。

続く2006年9月11日からボートレースびわこで開催された一般・第31回八景賞においては10連勝を飾り再度完全優勝を記録、これにより前人未到とも言える19連勝というボートレース界におけるすさまじい偉業を達成しました。

G1優勝2回の2007年

2007年11月1日からボートレース芦屋で開催されたG1モーターボート大賞競走で7度目のG1優勝、11月29日からボートレース常滑で開催されたG1常滑ダイヤモンドカップで8度目のG1優勝を記録します。

苦悩の時

圧倒的な強さでボートレース界を席巻していた原田幸哉さんにも停滞期が訪れる事になります。

トップ選手と言えど苦悩や挫折にはやはり遭遇してしまうものであると感じさせられますね。

2008年

前年までは破竹の勢いで勝ち続けていたのですが、2008年は一般レースでの優勝1回のみに終わり、年末の賞金王レースにも手が届きませんでした。

2009年

思い通りの走りができないままでいた原田幸哉さんでしたが、2009年8月11からボートレース常滑で開催された2009納涼お盆レースで実に1年半ぶりの優勝を手にし勢いに乗ると、11月24日から同ボートレース常滑で開催された第12回SG競艇王チャレンジカップで自身3度目のSG優勝を手にします。

完全復活を思わせた原田幸哉さんはここで更なる試練に遭遇します。

痛恨のフライング

2度目のSG優勝を手にしたことで、賞金王決定戦へ出場した原田幸哉さんでしたが、2009年12月21日の11Rトライアルでまさかのスタート事故であるフライングを喫してしまいます。

賞金王トライアルでのフライングは非常に大きなペナルティが課せられ、向こう4つのSG出場権の喪失、更にこれがその期で2本目のフライングだった上、その前の期に切ったフライングの休みも未消化であったことから、120日間の欠場を強いられることとなってしまいました。

B2降格から

2014年、B2から始まった原田幸哉さんでしたが、その強さは失われたわけではありませんでした。

2014年

早々にA1へと復活をした原田幸哉さんは、2014年7月26日からボートレース常滑で開催された一般文月競争にて、この年1度目の優勝を飾ると、8月6日のボートレース大村では真夏の王者決定戦、9月29日のボートレース常滑ではトコタンカップ、10月15日のボートレース芦屋では第1回ギラヴァンツ杯 モーニング王決定戦、10月23日のボートレース住之江では出身地対抗 東西決戦アクアコンシェルジュカップ、そして12月21日のボートレース桐生ではクリスマスカップ第8回ヤング・ミドル対抗戦で優勝を果たし、わずか半年で6度の優勝を記録します。

G1優勝…完全復活へ

2015年4月4日からボートレース大村で開催された開設63周年記念 GI海の王者決定戦では決まりて恵まれで自身11回目のG1優勝を果たしました。

また、2017年1月には開設62周年記念 G1競帝王決定戦、2017年4月9日にはシャボン玉石けん杯でのG1優勝を記録しています。

まとめ

原田幸哉さんは、鮮烈のデビュー戦を飾ってから、常にトップレーサーとして走り続けていましたが2度の挫折を経験しています。

そして復活後も、SG優勝こそしばらくありませんが、今なおその強さは健在であり、その実力は間違いなくトップクラスです。

4度目のSG優勝、今後の活躍に期待大ぼボートレーサーです。

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