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【ボートレース】通算1000勝以上の競艇選手!村越篤のプロフィールや成績まとめ

競艇

ボートレース界の重鎮レーサー村越篤!通算1000勝以上を達成しているベテラン選手の成績や実力は?プロフィールや成績を徹底的に調査・検証して記事としてまとめていますのでご参照下さい。

香川支部の村越篤とは?

村越篤さんは41歳の今も現役の競艇選手として第一線で活躍しています。

玄人好みの競艇選手で、2017年には通算1000勝を達成しています。

村越篤さんとは一体どんな人物なのでしょうか?

簡易的なプロフィールやボートレーサーになったきっかけ、デビュー時期の成績などを徹底的に調査してまとめていきます。

簡易プロフィール

村越篤さんは、1978年2月12日生まれ、身長は168㎝で血液型はO型です。

愛媛出身で香川支部に所属しています。

競艇選手としての登録番号は3907で80期です。

同期には鎌田義、白井英治、平田忠則、白石健、重成一人などがいます。

競艇選手になったきかっけ

競艇選手になろうとしたきっかけは知人のすすめがあったからだそうです。

また、目標は「日々努力を積み重ねることです。」と答えています。

スポーツはジェットスキーの経験があり、趣味がダイビングという事なので、水の上を走るボートレースは村越篤さんにとっては天職なのかもしれません。

デビューは1997年

村越篤さんのデビューは1997年5月9日で、地元のボートレース丸亀でした。

一般戦のデイリースポーツカップに出走し、その節の成績は5着、6着、5着、4着、4着、4着、6着、6着となっています。

デビューの節では4着に入るのも大変なので、まずまずの成績ではないでしょうか。

デビューしたての新人選手は、転覆や接触の危険性が高いために、自主的にスタートのタイミングを取りやすい6コースに行くという暗黙のルールがあります。

ですので、新人競艇選手は舟券に絡みにくい着順となることが多いのです。

初勝利

村越篤さんの初勝利は、なんとデビューからわずか約2か月後の1997年7月15日の事でした。

デビューから1年以上初勝利ができない選手もいる中で、デビュー約2ヵ月での勝利は素晴らしいの一言に尽きます。

ボートレース下関にて開催された一般戦の日刊サマーカップにて、最終日の1Rで村越篤さんは初勝利を飾り、水神祭を経験しました。

2号艇ながら新人の為に6コースからの進入でしたが、見事なまくりで1着でゴールを決めます。

一緒にレースをした競艇選手は50代が4人とベテランばかりで、村越篤さんはこの時に若干19歳ですので、まさに父と子の年齢差くらいある方達ばかりとのレースとなりました。

初優出

村越篤さんの初優出は、2000年1月7日からボートレース常滑にて開催された一般戦のスポニチ杯争奪 第16回英傑戦での事です。

この節での成績は、4着、5着、3着、1着、4着、1着、1着、2着と好成績を残し、ボートレーサー人生で初の優出となります。

最終日の覇者決定戦では、4号艇で5コースからの進入で6着という残念な成績となりましたが、周りが自分よりもベテランでクラスの高い競艇選手ばかりだったので、健闘したのではないでしょうか。

この時の村越篤さんは若干21歳でした。

初優勝

村越篤さんの初優勝は、初優出となった節の次の節、同年の2000年1月20日からボートレース浜名湖にて開催された一般戦となります。

初優出してからわずか一週間後の事なので、勝ち方のきっかけを掴んだのかもしれません。

この節の成績は、1着、1着、3着、3着、1着とかなりの好成績を納めております。

最終戦では、3号艇5コースからの進入でまくり差しにて1位でゴールしました。

同レースに参加した競艇選手は、A1級が3人と、A2級が2人で、B1級の村越篤さんは一番格下でしたが、見事に下剋上を果たし勝利しています。

成績

通算1000勝以上している村越篤さんですが、意外にもG1の初優勝は2016年と遅く、SGの初出走も2016年となっています。

G1の優勝経験もその時の1度しかなく、SGの優勝経験はありません。

一般戦で勝ち星を荒稼ぎしているタイプの競艇選手なのかもしれません。

ここからは、村越篤さんの主要レースの成績を検証していきます。

G1の初出走と初勝利

村越篤さんがG1に初出走し初勝利したのは、2001年2月1日からボートレース鳴門)にて開催されたG1第44回四国地区選手権競争での事でした。

この時、村越篤さんは若干22歳でA2級のレーサーとなっています。

G1初勝利は4日目の3Rで2月4日の出来事でした。

1号艇1コースから進入した村越篤さんは見事な逃げを披露し1着でゴールを切り、G1初勝利を飾ります。

このレースでも27歳~50歳までのベテラン選手が多く22歳の村越篤は一番の若手ながら1位を獲得しています。

この節での成績は、6着、5着、5着、2着、1着、3着、4着、3着と尻上がりに順位をあげていますが、序盤が良い着順ではなかったのでG1初優出とはなりませんでした。

G1初優勝

村越篤さんがG1に初めて優出したのは2003年2月2日です。

村越篤さんは今までG1に49節出場して404出走して52回の1着を獲得していますが、優勝したのはただの1度だけで、それもデビューから19年後の2016年となります。

2016年9月27日からボートレース江戸川にて開催されたG1江戸川大賞 開設61周年記念で見事に初優勝となります。

優勝戦では、天才レーサー「瓜生正義」や長崎支部のエース「原田幸哉」やモンキーターンの主人公のモデルとなった「濱野谷憲吾」などそうそうたるメンバーが出走しています。

並みいる強豪を押しのけて1号艇1コース1番人気となった村越篤さんは、インからの速攻の逃げで初優勝を飾りました。

この時に村越篤さんは、エース18号機というとんでもないパワーを出す怪物モーターを引き当てて予選でも全てが舟券に絡む成績を残しています。

優勝したのもこの18号機のおかげだとインタビューで答えております。

ちなみに、村越篤さんは「江戸川巧者」と呼ばれおり、ボートレース江戸川(江戸川競艇場)で開催されたレースでは良成績を残しています。

まとめ

村越篤さんは2008年5月21日に500勝を達成、2016年10月13日に1000勝を達成し、2020年現在でも現役の競艇選手として勝ち星を積み上げています。

競艇選手は50代でも活躍している方が大勢いるので、村越篤さんは41歳の今でもまだまだ伸び盛りのレーサーといえます。

G1やSGにもちょこちょこ顔を出す選手ですが、意外にもG1の優勝経験は1度きり、SGは優勝経験はありません。

データだけを見ると大舞台ではあまり結果を残せていませんが、一般戦やG2、G3であればかなり期待の出来るレーサーといえるのではないでしょうか。

今後の村越篤さんの走りにも注意が必要です。

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