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【ボートレース】浪速の新エース石野貴之の競艇選手としての成績やプロフィールまとめ

競艇

ボートレースの石野貴之選手の競艇選手としての成績やプロフィール、画像、強さの秘密などを徹底的に検証して記事にしてまとめています。石野信用金庫をニックネームに、現在の競艇界を牽引する存在の浪速の新エース石野貴之さんの実力にせまります。

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浪速の新エースこと、石野貴之さんとは?

ボートレーサー石野貴之さんは、強力なモーターを引き当てた時には天下無双の強さを発揮すると言わています。

そんな石野貴之さんが浪速の新エースと言われる所以は一体なぜなのでしょうか。その強さの秘密やスタイル、数々の功績などをこの記事内ではご紹介していきます。

簡易プロフィール

石野貴之さんは1982年6月3日生まれ大阪府出身のボートレーサーで、身長166センチ、体重52キロのO型、現在は37歳です。第90期生として競艇選手に登録、登録番号は4168です。

師匠は原田智和さん、弟子に大原由子さん、浜本裕己さんがいます。

高校時代は大学野球を目指していた?

石野貴之さんは大阪野球の名門校である、近畿大学付属高校にて野球部に所属しており、しかもキャプテンを務めていました。

大学に進学して野球をするか、ボートレーサーになるか、二つに一つの道を迫られた彼は、高校3年の夏の大阪大会で負けたことをきっかけにボートレーサーになりたいという思いを父親に告げました。

父親は大学進学を望んでいたこともあり、猛反対をしましたが、実は、石野貴之の父もまた、ボートレーサー(現役時代はGIで2勝を誇るトップレーサーの石野美好)であったこと、そしてその父が影響して大きな理由として競艇選手になりたいという強い想いを幼い頃から抱いていたこと競艇選手になることしか考えていなかったと告げたことで、お父さんに承諾してもらえたとの事です。

デビューと初勝利

ボートレーサーの研修養成学校であるやまと競艇学校では、リーグ戦勝率6.63の90期リーグ2位の成績で卒業し、2002年5月10日に、ボートレース住之江にて開催された「第39回スポニチ杯争奪なにわ賞」の初日でデビューを飾ります。

デビュー戦は、ルーキーということで6コーススタート、結果は4着に終わりました。

そしてデビューから24走目となる2002年6月19日、ボートレース住之江にて開催された「第38回報知新聞社賞ダイナミック敢闘旗」5日目の第1レースで初勝利を飾っています。

2003年に初優勝

2003年1月15日、ボートレース児島で開催された一般戦で初優出を果たしますが、優勝戦では6コースから失格にて敗退します。

そして同年10月16日のボートレース宮島で開催となった、G3レースの「新鋭リーグ」第19戦で初優勝を飾ります。この時の決まり手は差しでした。

2004年にG1初出場と初優出

2004年1月27日、ボートレース徳山で開催された、G1レースの「第18回新鋭王座決定戦」の初日第1レースでG1の初出場を果たし、6コースから見事1着で初勝利を飾り、初優出を果たしました。

2005年にSG初勝利

2005年5月25日、ボートレース常滑で開催された、SG「第32回笹川賞競争」では、初日8レースでSG初出場を飾り、同5日目の第1レースでは1コースから逃げで1着となり、SG初勝利を果たしています。

2007年にG1初優勝

2007年1月28日、ボートレース大村で開催されたG1「第21回共同通信社杯新鋭王座決定戦競走」でG1初優勝を飾ります。

優勝戦では6コースから見事な抜きで1着を獲得しています。

2010年にSG初優出と初優勝

2010年7月19日、ボートレース丸亀で開催されたSG「第15回オーシャンカップ競走」で初優出を果たし、優勝戦では1コースから逃げで見事初優勝を飾りました。

レーススタイル

G1優勝5回、SG優勝6回という好成績を残すボートレーサー石野貴之さんはどのコースからでも勝利を狙えるという自在性の高い抜群のテクニックと勝負強さを持ちます。

一体そのレーススタイルはどの様なものなのでしょうか。

魅力の超高速ターン

大舞台であればあるほど、その真価が際立つとされる石野貴之さんは、群を抜くほどの素晴らしい旋回技術(ターン)を誇っています。

進入コースの基本は枠なりですが、よほどの時やイン寄りが狙える時はまれに内寄りのコースを狙って動くときもあるようです。

石野貴之さんは高い技術力があるからこそ可能としている全速ターンを大きな武器としているので、どのコースからでも1着を狙う事が可能なボートレーサーです。

2コースは苦手と言われることもありますが、3コースがとにかく異常に強く、3連対率は90%にのぼる程です。

モーターの引き強と整備力

ボートレースの醍醐味の一つとも言えるモーターの抽選において、とにかく引きが強いのが石野貴之さんの特徴や魅力とも言える部分です。

ボートレーサーはモーター抽選に勝率が左右されるという部分は否めないですが、石野貴之さんは高性能モーターを引き当てた時の勝率が飛びぬけて高くなっており、曰く『天下無双』の強さを発揮することが出来ます。

最も、それだけで勝ち上がっていける程、甘くはないのがボートーレースです。

石野貴之さんにはどんなモーターであっても最高のチューニングを施せる整備力が備わっており、その整備力も彼の強さの要因の一つになっています。

鋼のメンタルと判断力

父親でありボートレーサーの石野美好選手譲りのトップレーサー気質と言いますか、とにかく非常に度胸があるのが石野貴之さんの強さの秘訣となっています。

スタート事故やフライングは比較的選手の中では少なく、平均のスタートタイミングは0.14~0.17と上々の数値をたたき出しています。ここぞという時にも臆することなく最高の出だしをばっちりと決められる鋼のメンタルが持ち味です。

また、2007年ごろから、石野貴之さは大一番のレース前に『スタートはぶち込みます』と宣言するようになります。

言葉に違わず、有言実行をし、コンマ03という素晴らしいぶち込んだスタートを決めていくことからファンからは絶大なる信頼を置かれるレーサーになっています。

ニックネーム『石野信用金庫』とは?

石野貴之さんのニックネームである『石野信用金庫』は一体どのような経緯で生まれたものなのでしょうか。

十三スポーツのブログで公募される

キャッチコピーに様々な情報を配信している十三スポーツ(通称ジュウスポ)内のニックネーム命名企画第4弾にて、石野貴之さん本人がニックネームを付けて欲しいという依頼をした事がきっかけで2010年4月25日に公募される事になりました。

162件にも及ぶ応募の末に決定

当時、ジュウスポスポ史上最多のコメント数112件、162件にも及ぶ案が寄せられた石野貴之さんのニックネーム命名企画ですが、2010年5月20日にご本人が『石野信用金庫』がいいと選び決定となりました。

沢山の候補があった中でその名前を選んだ理由に…

「岡村がショットガンとかカッコいい系を選んだので、僕は大阪らしく面白くて親しみやすいものにしました。今はまだ頼りない面がありますが、これから一層頑張ってファンの方に信用してもらえるように、僕の舟券で儲けてもらえるような選手を目指します」

というメッセージを残しています。

まとめ

ボートレーサーの父親を持ち、ボートレースのサラブレッドとも言える石野貴之さんは2015年から2017年にかけて怒涛のSG優勝ラッシュを決め、一気にその実力と名前を全国に轟かせることになり、名実ともに浪速の新エースとなりました。

2017年の賞金王決定戦では優勝戦にて6着という結果に終わりましたが、2018年8月現在は賞金ランキング35位と、今最も勢いのある、石野信用金庫の今後の活躍に大きく期待したいです。

今後もボートレーサー石野貴之さんからは目が離せませんね。

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